プロフィール・
●名前/田中冬木
●出身地/福井県
●職業/グラフィックデザイナー
●株式会社アイデア工房代表
いちB級デザイナーの見たるIT革命
私はグラフィックデザイナーという職業に対して職人的な感覚を持ちあわせていない。それは経歴からくるものなのか、元々の性格のなせる技なのか良くわからない。普通のデザイナーが通る道を経なかった為に、単なる仕事として、単なるビジネスとして、デザインという仕事を捉えて来たからかもしれない。だからこれまで、デザイナーになるには、人にはない感性がいるんでしょうね…等と聞かれたら、常に自らの経験を揶揄しながら、誰でもなれます。デザイナーと名乗った日から誰でもデザイナーです…と答えて来た。これをデザインという仕事に思い入れのある職業的デザイナーの人が聞いたら怒るし、おそらく異論があるに違いない。
だから私は自らをB級デザイナーと称している。腕や知識や経験ではなく、思い入れが超B級なのだ。だからA級デザイナーが取り組むような仕事が私には向いていない。しかし逆にB級だからこそ出来ること、B級だからこそ思いつく事もあるのだと思っている。
コンピュータに最初に接したのは十数年前になる。今では当たり前になったMacintoshでDTP(デスクトップパブリッシング)が叫び始められた頃だ。当時革命的な事のように思えたし、事実革命だった。手作業が全てコンピュータ上でできるようになった。それまで予算がなければ出来なかった事がパーソナルコンピュータ上で可能になったからだ。頭で描いただけで現実になる事のすばらしさを味わったのだが、それは一面、それまでの職人技の死滅でもあった。逆に言えば経験値がものを言う世界だったのだ。その経験値はコンピュータ上のシュミレーションの前ではあまりに無力だ。考えついても実現できなかった事が可能になるからだ。
こうなると考えた方が偉い事になる。勿論考えつくにも経験値は大きい影響を与える。考えついた事を実現するにも多少の知識と経験値を要する。だがそれまでの膨大な時間に比べれば大した事はない。しかもその秘訣やノウハウは既にネット上でオープン化されてしまっていたのだ。ほんの少しやる気があれば簡単に入手できる時代になっていた。こうなれば技術だけのデザインは死滅すると、私なりにその時思った。そしてその後印刷業界はまるで自ら墓穴を掘るがの如くにDTP化に突っ走ったのである。
かくして印刷業界の大部分は今でも先の見えない価格破壊競争へと走り続けている。それまで長い間かけて出来上がった業界の細分化の業種が全てボーダーレスとなり突っ走る。生き残りイス取りゲームのようだ。まるでレミングの大暴走に近い。こうなる事はある程度予見できていた。だから、私は何年か前から受注生産的なデザイン業から足を洗い、業種転換を図ってきた。新規の仕事は全て断り、一切引き受けていない。
あれほど喧伝されたDTPも(全部ではないが)今では枯れた知識と技術に成り下がり、大多数はコンピュータの前に座ったオペレーターと化し、コスト削減のかけ声の元、アウトソーシングという名の内職SOHO、アルバイトオペレーターを多用するようになっている。デザインすらもその例に漏れない。知的産業ではなく、ある意味、労働集約産業となり果てているのである。ライバルは中国の労働となると、壊滅状態にあるその他労働集約産業と何ら変わらない。インターネットの爆発的な勢いとともにその傾向はさらに拍車をかけている。
IT革命では、情報格差がない為に全員が同じスタートラインに立つ。使い古され聞き飽きたボーダーレスという言葉だ。川上も川下もない。逆に言えばボーダーレスになった瞬間、誰もが等しく同じチャンスを得ていると言いきれる。ボーダーレス社会のあとには必ず再び細分化がやってくる。その細分化の時点で川上にいくか川下にいくかの戦いを制する決め手は、資金力なのか、人脈なのか、行動力なのか、アイデアなのか、ともかく決戦が終われば上と下に分かれていく。
私自身はその決め手は意識なんだと思っている。例えばプログラマーとwebデザインはどちらが上かなんて誰にも判別はつかない。新しいプログラムを考えついた立場から言えば、それを具現化する良いデザインも何もかもが下請けとなる。逆にすばらしいグラフィックが売りの立場から言うとそれを魅せる裏方の技術は全て単なるアウトソーシングと化する。さらに素晴らしいアイデアから言うとその両方ともが下請けとなり、アイデアそのものが川上に立つ事になる。英語が話せなければ国際人ではない…という議論と良く似ている。話せなければ通訳させれば良いのだ。自分で学んでいては時間がいくらあっても足りない。極論を言えば、天下のgoogleさえも、私の為にこんなおいしいシステムを作っていただいて有り難う…と思えるかどうかなのではないかと思う。
IT時代とそれ以前との最大の差は時間感覚だ。まったく違う。何十年という蓄積が必要だったものが、一瞬で入手可能になっている。逆説的に言えば、当たり前だが一瞬にして情報の発信が可能になっている。そして、このIT革命を味方にするには、この最大の特徴である時間を味方につける事だろう。例えば普通の人が一年後に売り上げ1億、二年後に5億と言っても決して不可能ではない。ひと昔前なら到底あり得ない話だった。
今まで自分にない才能、プログラマーや、プロモーションに長けた人と組んでいたら、かなり大きな事が出来たに違いない…といつも思ってきた。アイデアがあってもそれを実現する資金力がなかった…というのは今にして思えば単なる言い訳に過ぎないだろう。そこでリスクを負って挑戦するだけの気概がないからだ…という指摘に反論出来ないからだ。
だからこそ思う。今からでも遅くない。若い世代は勿論、多くの同世代にも頑張って欲しいと願う。ここでは出来るだけ自分の言葉、自分の感覚で語りたいと思う。なぜかしら疑り深く、誰の言った事も自分で経験してみなければ納得しない。自らの実践を通して木を見ながら森を類推する性格である。誤解や間違っている部分も多々あるかもしれない。そこは一(いち)B級デザイナーの戯言と看過して頂ければと思う。