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2009年9月15日 (火)

e01-モノ作り大国日本は本当?

E01
●オーソドックス年賀状

一般用は常に奇をてらわない、オーソドックスに出来るだけ落ち着いたものをと心がけている。しかし市場に出回っているものと同じでは価値がない。どこかに違いが必要になる。虎の絵がまんま虎なのは我ながらいただけない。模様やカタチをデフォルメするとどうしてもマンガチックになる。デザイン年賀状と銘打っているので、もう少しデザイン的にデフォルメ出来ないか…と思ったが、諦めた。いかんせん発想力不足である。

どんな職業でもキャリアを積むと手慣れる。普通の人が何時間もかかるところを僅かの時間で終わらせてしまう。その差は何十倍もある。それはそれでひとつのウリではある。しかし、時間が早いだけでは、所詮コンピュータにはかなわない。単なる時間ではない質の面で絶対に追いつけない差をつけるのがプロのプロたる所以だ。自分でそれが今出来ない事がはらただしい。言い訳すれば自分はグラフィックデザイナーであり、イラストレーターではない。さらに、この数年は現場から離れ、グラフィックデザイナーの頭に「元」がつく。自戒を込めて言えば手慣れた分をさっさと時間短縮だけに使っているだけかもしれない。

プロの自負は強烈である。来るなら来い、かかって来い、絶対に負けない!位の気合いが必要だ。ともすれば鼻につくほど過剰なものだ。それはおそらく自分のしてきた事、やっている事、あるいは作り上げたものに絶対の自信があり、そのこだわりと独創性に裏打ちされた自信だろう。一体、何様のつもりやねん!と突っ込みたい位の職人をみる度に、そう思う。彼らはそれだけのこだわりと執念をもって仕事をしているのだと。さらに言えば、本物のプロの言葉は、腰が低くて丁寧だ。実るほど頭を垂れる稲穂の如く、物腰が柔らかい。負ける筈がないゆとりから生まれる言葉だろう。全く聞くこちらが頭を垂れてしまう。

日本はよくモノ作り大国だと言われる。本当にそうなのか。疑問に思う。品質が良い、丁寧、それは時間をかけて、そこから短縮すれば何とかなる話しだ。手慣れて時間を短縮しただけのモノ作りなら、いつか追いつかれる。誰もが考えつかない斬新な発想や、根底からこれまでの常識が覆るようなオリジナリティのある発想がなければ、追随を許さないモノ(カタチのないものも含めて)は出来ないのではないか。モノ作り大国ではなく発想の大国でなければならない筈だ。その発想を生み出す土壌が本当に日本にあるのか。真剣に考えると天を仰ぎたくなる。

その意味でモノ作り大国も、キャッチフレーズで勘違いするのではないかと心配だ。モノ作りが中国に行ったって構わないではないか。そもそも今の中国人の勤勉さや上昇志向のエネルギーに日本人は到底太刀打ちが出来ない。負ける勝負にこだわり続けると致命傷になる。単なる品質や丁寧さではない、圧倒的なオリジナリティで勝負する国になって欲しい。願わくば、発想の大国日本と言わずに黙っていても言われるようになって欲しいものだ。

私の会社の名はアイデア工房という。知的生産工場のサブキャッチがついている。30才の時に命名した。いまだに名前負けしている。でも常に名前がアイデンティティとなっている。今に見ていろ僕だって…と路傍の石のように考え続けている。しかし結果が出ない石ころのままの現状を思うと、思わず天を仰ぎたくなる。

すると、以前に吐いた不遜な言葉がつばとなって落ちてきている気がする。言葉でなんだかんだ言ってるうちは本物じゃないな…と痛感するのみである。

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