« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月

2009年10月31日 (土)

c05-賀正

C05●賀正

虎のカタチだけで虎に見えるようにしたかったが失敗に終わる。やはり顔の模様をどこかにいれないと虎に見えない。最初は上と下に黒の枠をいれて、抜いたカタチで虎にしたかったのだが、収まりが良すぎて面白味が全くない。しかもこれが何というか、まるで暴走族の年賀状にピッタリの趣があった。その筋の人にはぴったりの年賀状に見えた。どこが友人知人やっちゅう仕上がりになったので、黒と赤のツートンに変更した。ただでさえやれる事が少ないのに、枠で囲ってしまうのは下策である。一旦作ってから、思い直してこのカタチにした。元のカタチは最下部に参考までに入れた。単品販売では一応2つ入れてあるが、デザイン年賀状では一つしか表示していない。(jpg画像が欲しい人は大きな表示させてからc05aと変更すると表示される)

枠で囲むという方法は、どうしても選択肢がない時に、やむを得ず取る方法であって、囲むが最初にありきでは情けない。これは絵でなくても文字でもそうだが、囲みの効用は、左右の幅が規定できる事、或いは四隅の押さえが可能になる事だ。ただあまりに安直な方法なので、多用すると、ひどく面白みに欠ける事になる。枠で囲まないで囲ったように見せる。まるで囲ったかのように錯覚させる。或いは囲ってある事を意識させない。これが一番良い。

C05a
もっと高等になるとグリッド(方眼)に頼らずにアンバランスなレイアウトを微妙に絶妙に均衡を保ってデザインする手法をとる。但し、これは少しでも動かすとバランスが崩れるので、完成品としては良いが、テンプレートとしては相応しくない。デザイン年賀状では、多くの人に使ってもらいたいし、手を加えられる事を意識しているので、安定感を一番に考えている。

お知らせをひとつ。年賀状レトロ美術館なるものを作った。左にバナーがある事に気がついた奇特な方もいるかもしれない。明治から昭和にいたる年賀状だ。まだ収集中でコンテンツはどんどん増えていく予定。来年の今頃は数百点になっているかもしれない。アートを展示するという試みではなく、世界と日本の世情とリンクしている。こんな年賀状があった時代は、日本はこうで、世界はこうだったというギャップを楽しんでもらう趣向だ。集めていて思った。100年以上前にこんな年賀状があったんだ…という驚きだ。明治30年頃といえば、維新から30年後。それでもこうだったんだ…。日本の文化の奥深さを思い知らされた。

時々覗いてみてやってください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年10月29日 (木)

b06-スフィンクス風

B06●スフィンクス風

虎といえば何故か座って和んでいるの図をよく見る。じっと見ていたらスフィンクスみたいだな…と思ったので、若干軟弱な虎の絵をスフィンクスに見立ててみた。う〜ん、何だか自分らしくないので、違和感があるなあ…。実は丸いイラストはとっても苦手なのだ。個人的には本来シャープな方が絵もデザインも大好きなのである。だけど、リアルに描くとスフィンクスには見えない。

スフィンクスと言えば、エジプト。エジプトと言えば何となくツタンカーメンのあの金色と黒のツートンカラーを思い出して、これも虎のパターンとして使えるんじゃないか…とも一瞬思った。しかし、テーマとしては似たようなものだし、同じテーマをまた描くのも情けないので、とりあえず頭の中から捨てた。(また後で拾うかもしれない)

良いも悪いも含めて、昔ほどネタがないか必死で考える事がなくなった。良く言えば手慣れて、過去のパターンを踏襲出来る引き出しが増えたって事で、悪く言えば、オリジナリティを求める根性がなくなったって事だろうか。前なら干支に使えるものはないか、何でも干支に見立てた。出来映えが良いか悪いかは別の問題で、新しい何かを必死で探ったような気がする。勿論、見栄えだけを良くするならばいくらでも出来る。難しいのは万人の平均値を探り、絵だけを使ったり、或いは手を入れる
余地を残す事だ。

完成品は何も出来ない。どんなに見栄えが良く、カッコ良くても、その絵なり、デザインなりが完結してしまうと、それをそのまま使う以外の方法を提供できないからだ。例えばドロップシャドウを入れたり、背景に馴染ませたりすると、もう何も出来なくなる。余白があるのは、余白はあなたの手で埋めて完成させてくださいというメッセージでもある。無論手を入れる事で見栄えが悪くなる事もあるだろう。だけど、自分で手を入れたら自らの作品となる。その喜びはきっと、全てが借りモノでは味わえないものがある筈だ。

有る程度の見栄えを維持しつつ、完成させないスペースと余韻を残す。な、何という高等技術だろうか。(自分で言うな!)

こうして手抜きを言葉で誤魔化す年賀状。な、何という高等技術だろうか。(自分で言ったらおしまいや)でもこれは一種の照れという奴なので本気にしないでください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月27日 (火)

b05-干支親子寅

B05
●親子寅

二週間、頑張って連続でアップして、ひと休みしたら脳も休憩から目覚めない。脳の機能というのは、車のエンジンと同じで一旦立ち止まったら次の一歩が出ない。もう一度エンジンをかけて暖機運転が必要になる。如何に継続する事が大切かを思い知る。タイトルも何も浮かばない。絵も苦し紛れに近くて、もう何か埋めなくてはと義理のように作ったようなもので、非常に情けない気持ちになる。新しい斬新なものが出来てこない。一人でやっていれば仕方がないのだろうか…。量は質に転換すると言うが、本当に質に転換するのか、疑問に思えてくる。駄目な時はこんなものかもしれない。

最近でこそ、時間に追われてひたすら身体と頭をフル回転する事は少なくなった。デザイン業という名の体力勝負、肉体労働産業だった。頭の回らない時は全く駄目で、何をどうしても良い知恵が浮かばない。そんな時に締め切りが来たりすると地獄が待っていた。これがラフだの、たたき台を作る程度ならまだ良い。一気に作ってそのまま納品という状態だと、七転八倒、前に使ったもので使えるものはないか…と過去への捜査にのめりこむ。過去の出来の良い作品に触れたら、出来の良い真実の理由が分からないまま、自己嫌悪に陥り、俺はもうだめだ…と自信喪失になる。土壇場で一体何度、迷宮入り寸前の難事件を解決した事だろうか…。

どうやって解決したかは、後になると全く分からない。いきなり真犯人が現れて、解決となるのだ。デザインやっている人間なら、きっと何度も経験した事があるに違いない。先日、お隣のビルにある同業のデザイン事務所の人と飲んだ。そんな話しになって盛り上がった。地獄のフチを彷徨った人間だけが分かる会話が成立する。(こんな事が一体自慢になるのか)ひとつひとつの言葉がしみいるように互いに分かるのである。

デザインだけではないと思う。おそらく納期に追われる人は、多かれ少なかれ似たような事を経験する筈だ。常に時間と己との戦いになる。孫子の兵法を紐解くまでもなく、天の利、地の利、人の利を得て勝負は決する。敵を知り己を知れば百戦危うからず、つまりは戦わずして勝つ事を考えなくてはならないのだろう。

しかし、最近はその戦いに戦わずして負けている自分であった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月22日 (木)

a06-トランプ仕立ての虎

A06
●トランプ仕立ての虎

デフレ基調の経済。誰もがなんとかしたいと思っている。安ければ良いではスパイラルに陥って、経済の縮小は免れない。こういう時こそキングを目指して頑張る意気込みを表したいものだ。かなり虎とトランプは無理があるが、単なる儀礼の挨拶の意味よりも、ビジネス年賀状は強い意志を表明し、前進する理念を全面に立てた方がもらった企業も気持ちがよい。こんな時代だからこそ、そういう会社と取引したいし、その勢いにあやかりたいと思う筈だ。

図柄は敢えていえばトランプの中では一番キングが近いと思った。無理矢理虎にしているが、平面的になるのを避けて微妙に角度をつけ、奥行き感を出してみた。テーマがただでさえ平べったいトランプなだけに、ここだけはどうしても手を抜けない。

トランプと言えば、正月によく似合うのがババ抜きだ。ジョーカーを引いたら負けって奴だが、誰しもビジネスでジョーカーは引きたくない。いわばおみくじみたいなもんだろうか。大凶をひくようなものだ。それだけは出来るならば避けて通りたい。

だけど大吉をひいたら本当に幸運なのか…という疑問が沸く。人の運って限りがあるような気がして仕方がない。大小にかかわらず、みんなに公平にやってくるのが運というものだ。でも、その運が大吉をひいただけで使っている気がするのは俺だけか?麻雀していると本当に運というのはあるんだ…というのが分かる。ツキをなくすと悪運が津波のように押し寄せてくる。そんな時はただひたすら嵐が通り過ぎるのを待つだけだ。今の経済状況はそんな嵐なのかもしれない。そして、嵐が過ぎ去った後に、今度はキングのカードを引く幸運がやってくる。

そう信じていないと、やってられませんわな。
ビジネスに邁進している方の幸運を祈ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月21日 (水)

a05-明日に吠える

A05●明日に吠える

本当は今日は違うものをアップしようと試みたが、頭の中で考えた事と、実際とはやはり違う。うまく作れなかった。なので、方向転換した。それが、この日の出をバックに一部に光を当てたシルエットだ。この手はとにかくカタチが分かりにくい場合にどうしても一部に光を当てざるを得ない。特徴的な部分を強調する必要があるからである。虎と言えば模様が一番に浮かぶ。どうしても模様は外せない。吠えるの図なので、明日に吠えると書いた。ビジネス年賀状なので、通常の年賀状の常識におさめる必要はないだろう。企業にとって、特に中小の企業にとっては、目立つ事が最大の眼目だ。

さらに言えば、会社の理念を体現するものが望ましい。当然、元気のなくなるようなものは御法度だろう。年賀状は新しい年を迎えて、気分一新で迎える。そんな出だしに陰気な年賀状なんて誰も欲しくない。未来に吠える虎だと、プラス思考で、どんどん大きくなるイメージがある。そんな明日を睨んだ会社に使ってもらえれば非常に嬉しいと思う。

ビジネス年賀状はどちらかと言えば砕けたものが多い。本当にみんな使っているのだろうか…と時折思う。そこで、もしも今は大企業になってしまったので使わないが、昔は使った事があるって会社があれば是非教えてください。これは当然ながら御利益があるって事になります。

だけど、もしも昔使った事があるけど、今は倒産して使ってない会社がありましたら、お願いです、是非是非黙っていてください。(どんなんや)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月20日 (火)

e04-ニューフェース

E04
●ニューフェース

これの一体どこが新しいねんと思うだろう。確かにそうだ。この年賀状のタイトルのニューフェースにあまり意味はない。この手の線画は調理方法によっていくらでも変化が可能だ。後ろに色を入れていないので、例えば全面ベタにして線の黒の部分を白抜きにしたり、トラの黄色の部分を敢えてずらしたり、或いはリアルに見せたりと多面的な使い方が出来る。今回の処理は非常にオーソドックスな処理だ。これは一般用という事もあって、極端な処理を避けた。

人も多面的だ。一方で誠実そうで真面目そうな人も、ある特定の部分で大胆かつ革新的だったりする。表面からは決して見えない部分だ。しかし、人は物事を判断するのに、視点を固定してしまうクセがある。いわゆる偏見という奴だ。片方からしかものを見ない。だから裏側が見えない。最近面接を何人もしたが、決してその人の本質までは分かる筈がない。そんな眼力を自分が持っているとは到底思えない。

今日から新しい人がうちの会社にやってきた。(ニューフェースとはこの事だ)。名をSさんとしておこう。Sさんの特徴は明るさだ。ぱっと辺りが明るくなる天性のものを持っている。人によっては負のオーラをまき散らす人もいる。(うん、うんとうなづいた人事の方もいるに違いない)決してその方が悪い訳ではない。仕事の内容によっては負をまき散らすくらいの人の方が向いている職種だってあるからだ。だが、仕事をする上ではやはり明るさにかなわない。第一印象でほぼ決まるといって良いかもしれない。スキルなんて二の次三の次だ。(そんなものほっておいてもアップする)

この不況である。面接を受ける人も明るく振る舞う事が難しいかもしれない。でも、する立場から言えば、気さくで明るい人は、それだけで価値がある。これから面接を受ける方には是非ともその事をアドバイスしたい。真面目だ、努力家だなんていうのは当たり前の事であって、取り柄にはならない。周囲を巻き込む位に明るい礼儀正しい人は、ひっぱりだこの筈だ。自分にはそんな部分はないと思う人も、必ず違う面に新しい部分があると思う。それこそがニューフェースだと思うのだ。

違う自分をアピールしてみよう。相手に眼力があると思ってはいけない。眼力がないなら裏側を、新しい面を見せてみるのも手だと思うのだ。きっと新しい世界が開けるに違いない。

…と、今日はひどく真面目に書いてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月19日 (月)

e03-虎箱

E03
●虎箱

トラ箱と言えば、普通は留置場の事を言う。酔っぱらって暴れて、警察に捕まってお仕置きされるのがトラ箱である。酔っぱらってそんな経験のある方、或いは捕まえてはトラ箱に送り続けている警察官の方に最適な年賀状がこれだ!ワン・トゥ〜・スリー!…って、そんな訳がない。段ボール箱をモチーフにした年賀状だ。今年は冬が越せないとお嘆きの貴方に温かい段ボールはどうだろうか…って(これが冗談ではなくなりつつある世の中が恐ろしい)

これは引越や荷物がテーマだ。トラのカタチをした段ボール箱。1年の思い出がいっぱい詰まった箱。それが年賀状のトラ箱だ。どうだ。え、嫌な思い出がいっぱいあってそこから逃れならない?それはトラウマでしょうが…。でもそんな嫌な事もこのトラ箱に詰めてしまおう。(不健康な生活で長生きできそうにない自分が言うのもおかしいが)良いことだけ考えて生きるのが長生きのコツである。

ノルアドレナリンを排除して、ドーパミンを出して生きよう。年賀状なんていちいち作っていられるか!面倒で仕方ない。ストレスだ〜〜とお嘆きの貴兄。それならば私の年賀状使ってやってください。名前を入れれば、ハイ終わり。考えなくても大丈夫。年賀状に苦しむ人のストレスを僅かでも解消するのが私の役目でございます。(実に嘘っぽい)世の中に何らかの役割を果たせば生きている価値もある。ましてや人のストレスを和らげる事が出来るならば、やりがいもあると言うものだ。

しかし、しかしである。人の為になるのは良いが、ネタが浮かばず苦しんでのたうちまわって、自分自身がストレスをためるのはどうにかならないだろうか。

だ、だれか、私に癒しをください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月16日 (金)

d04-バスケット

D04●バスケット年賀状

サッカーと似たようなテイストになってしまった。テーマはバスケットだ。パスを模索しながらドリブルをするの図である。とにかく動きを出してみた。スポーツの場合はどうしてもデザインというよりもイラストの要素が多くなる。デザイナーとしては、こういうコミック的表現ばかりになる事に忸怩たるものがある。ワンパターンを少しでも避けるために、今回は虎の色を淡い色から若干ビビッドなカラーにしてみた。

この構図だと、等身を短くすれば、ドリブルなのかボールを抱えて走っているのかよく分からなくなる。下手するとネコが球でじゃれている絵に見える。ギリギリの線でこのイラストだ。私の職業はイラストレーターではないので、この辺りで妥協してもらうしかない。バスケットファンの方、バスケット部の方、使ってやってください。

毎年の事だが、どうしても残り枚数を考えてしまう。あと何枚、あと何枚と数え、週に何枚作ったら終わるだろうと計算する。そして、ノルマがどんどん増えてくる。ネタが出てこないと苦しい。しかも最近では実戦から離れ、仕事ではあまりデザインをしなくなっている。新しい引き出しを増やしていないので、錆び付くばかりだ。もし、自分が普通のサラリーマンとして転職しようとしたら、きっと行くところがないに違いないと思ったりする。

最近、求人をした。明らかに同年代と思われる方の応募が多数あった。社会は50代を受け入れる素地がなくなっているのだろうか。かくいう自分の会社も残念ながらやはり受け入れる余力がない。悲しいな〜。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月15日 (木)

d03-サッカーリフティング

D03
●サッカー年賀状

取りあえず、野球に続きサッカーは外せないだろうって事で、リフティングする虎をアップした。擬人化に関しては何度も書いているが、顔だけ動物で胴体は人間という擬人化は安直なので避けている。コミックタッチでないと難しいので、やむを得ずマンガ的なイラストになっている。虎そのままのカタチでサッカーにしたのはせめてのも抵抗だ。サッカーボールは毎年使い回しになるが、これはご容赦。

出来るだけ動きのある絵にしたいと思い、家でノートに鉛筆でざっくりと下描きしてみた。かなりいい加減な絵を2〜3枚書いたところで、この絵に決めた。後ろにある「S」をもじった筆書きは、動きを増幅させる為にほぼ思いつきで最後に入れたのだが、自分で入れて気に入った。要らないという人は自分で外してください。

サッカーと言えば、私が卒業した高校は、高校サッカー選手権の常連だ。だが、私が高校の時は部員が11人いなかった。数人程度だった覚えがある。部員だったクラスメートが他の部に応援を頼んで無理矢理11人にしていた。それがいつのまにかJリーガーも出てくる高校になった。隔世の感がある。もう時効になっているが、当時サッカー部のコーチだった教師は5才年上で、私の兄の同級生。殆ど教師とは思えず、ばれたら首だから、絶対に言うなよ…と念を押されながら、一緒に酒を飲み、タバコを吸った。今思えばとんでもない事だ。でもそれが許される空気があった。(…と勝手に解釈している)実に牧歌的な時代だった。

高校時代は自分にとってかけがえのない時代だった。そんな時代も既に三十数年前の事になっている。時の流れはあまりに残酷ですね〜。ほんと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月14日 (水)

c04-ファイティングポーズ


●ファイティングポーズ

ファイティングポーズは、本来前屈みになって首を前に出す。この年賀状ではカッターシャツが熨斗袋で、ネクタイが水引なのが特徴の為、前傾姿勢をとれない。前屈みになるとカッターシャツの襟が隠れ、熨斗袋かどうかもわからなくなるからである。お陰様で、下手をすれば招き猫になってしまうリスクを背負った。その分顔がいかついと思う。挑戦者が笑っていては洒落にならない。ここは歯を食いしばって前に向かって進むイメージが欲しいところだ。

正月になると必ず誰しもが誓いを立てる。その誓いを中央の余白に書き込むのはどうだろう。私は○○します。○○を成し遂げます。宣言すれば、実行せざるを得なくなる。告知効果が出る。後に引けない。ひいたら嘘つきになる。三日坊主のあなたに最適の年賀状である。出来るだけ多くの人に出そう。背水の陣をひかないと人は本気になれない。

三日坊主になってしまうのは、誓いを破ってもたいした恥をかかないからだ。大好きな人から軽蔑されると分かったら人は真剣になれる。どうしても出来なかった事が実現してしまう。自分の思いだけで実現出来る自己管理能力の高い人にはそもそも誓いすら必要がない。出来ない人は環境を整備する事が重要なのだ。私はその事を身をもって知っている。

お前の結果はどうだったってか?
お答えします。私は…

単なる嘘つきのままで結構です。(あかんやん)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月13日 (火)

c03-吠える虎

C03
●吠える虎

何とも芸のないタイトルだ。虎は吠えるに決まっている。鳴くでもなければ、さえずるでもない。怒りや恐れ、挑戦や突進のイメージが支配している。トラだ、トラだ、トラになるんだ〜〜…と一世を風靡したタイガーマスクも、同様だ。笑うや微笑むは全く似合わない。そもそも笑うトラなんて気持ちが悪い。あなたの回りにもそういう人がいるに違いない。笑うのが似合わない人の事だ。常に厳しい顔つきで吠えている為、いつもいつも怒ってばかりいやがって、たまには笑えと言われ続け、ごくごくたまに、にっこり笑うと、ウラだ、ウラだ、何かウラがあるに違いないんだ〜〜!と思われてしまう。全く損な人だ。

しかし、ここではトラの持つその挑戦的なところを誇張しようではないか。つまりは激励の意味を込めた図案として使う訳だ。ガンバレ、お前には才能がある。そうだ、いつまでも下にいないで上に上がれ、空だ、ソラだ、ソラになるんだ〜〜〜!という年賀状に使おう。(死んで天に昇れって意味ではない)

う〜む。縁起でもないので、少し視点を変えてみよう。トラは孤高のシンボルだ。決して群れない。一人で道を切り拓くイメージが強い。ここはそのイメージを誇張しようではないか。つまりは人に頼るな、己の腕で道を拓け、例え、孤独をおそれるな、ひとりぼっちになっても初心を忘れず堪え忍べ、そうだ、お前はノラだ、ノラだノラになるんだ〜〜って、何か飢えたネコが行く当てもなく行き倒れになってしまいそうだ。う〜〜む、どうも語呂が良くない。

では、こうしよう。
よ〜〜く見るとトラが笑っているように見えなくもない。笑顔でおめでと〜〜と言ってるの図ってのはどうだ。え、笑ったら気持ち悪いと言ったって?そんな事言いましたっけ。人間ってね、さっき言った事と正反対の事を言うのはよくある話しですわ。過ちてはあらたむるにはばかる事なかれって孔子先生もおっしゃっておりまする。そうしましょう。そうしましょう。笑顔のトラ、これで決まり。

それにしても笑うトラなんて気持ちが悪いな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月12日 (月)

b04-虎の首に鈴をつける

B04
●虎の首に鈴をつける

過去に使用したことがある鈴をモチーフにしたパターンだ。背景のパターンとレイアウトが違うので、別物に見えるかもしれない。苦しんだときは、常に過去を振り返る。そのまま使える事もあれば、全く違うテイストにする事もある。たまたま紅白の紐が、虎の模様に使えそうな気がしたので、使ってみた。まずは出来るだけ新しい発想で今までにないものを作っていきたいが、なかなか難しい。

首に鈴はネコだろう…って、その通り。誰も損な役割はやりたくないけど、誰かがやらないといけない。色々な事が縁の下の力持ちによって成り立っている。駄目な事は駄目だよと敢えて言わないといけない事もある。だがネコなら良いが虎の首には簡単に鈴はつけられない。困った方はどこにでもいる。そんな人にあんた、それあかんやないの!と言える人は少ない。言ったが為にひどい目に遭う人がいるのも事実だ。電車の中で携帯で話す人然り、公共の場で騒ぐ人然り、そんな時に鈴をつける事が出来るだろうか。なかなか言えない。

だが、そういう時にこの年賀状はどうだろう。お前、迷惑なんだよな!っちゅう訳だ。嫌いな上司、言う事を聞かない部下、回りの迷惑を考えない奴にそれとなく教えてあげるのにぴったりだとは思いませんか(到底思えん)。気がつかない奴には90度回転してやれば、縛り首の刑だ(縁起でもない)。
一見何の変哲もない年賀状だが、このように深〜〜い意味が込められた作品である(嘘だ)

こんな事書いてると、気がついたら自分の首に鈴をつけられそうな気がする…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 3日 (土)

b03-竹人形

B03●竹人形

定番ものの竹人形だ。定番と言えば聞こえは良いが、手抜きともいえなくない。それでも僅かに残ったプライドが、全く同じにする事を許さなかったのでございます。虎と言えば竹、竹と言えば虎という位によくあるパターンだが、あくまで独立した存在であって、虎が竹になっている…となると、話しは別だろう。その苦労を察してやってください。今年はフォント著作権の問題もあって、タイポグラフィーに走れないのが、ちょっとだけ辛い。ごまかしが利かない。文字だけで見せようとすると、その文字を作る方が時間がかかってしまう訳で、とっても不自由だ。

しかし、不自由の中にこそ自由があるのだ!と禅問答のように答える自分がどこかにおるのでございます。そんな自由に何でも作って良いなどというおおらかな仕事はこの世にはなかなか存在しない。誰しも不自由の中で制限を加えられつつもがいている。どんな産業にも、予算に制限がある。納期に制限がある。形式に制限がある。あれを使うな、これも使うな、それでいて、誰も考えないような良いモノを…と、果てしなく要求は厳しくなっていく。例えば、自動車産業だって、快適に、クリーンに、安く、かっこよくて、安全なものを求められている。何やっても許されていた牧歌的な時代は終わったのだ。

そして時折、思う。まさにその牧歌的な時代を謳歌したのは自分達の世代である。その自分たちの時代も終わりを告げ、そろそろ退場を迫られているのではないか…と。同世代の方、そうは思いませんか?その程度めくじら立てるなよ…と思う事が許されない。それはアカンやろ…と思う事が、今ではオッケーになっていたりする。世の中の価値観は否応なく変遷していく。それについて行けるかどうか。

う〜〜ん。栄枯盛衰、盛者必衰の理を説いた平家物語、常に最後は滅びるのでございますが、竹を割ったようにスパっと何もかもを割り切る事は出来ません。往生際が悪いと言われようが何と言われようが、まだまだ退場したくないんですわ。這ってでも頑張るつもりです。だって、まだ私は誇れるほど栄えた事がないもんで、弱者必衰はあまりに悲しいじゃあありませんか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 2日 (金)

a04-マーク風

A04●マーク風

マークかぜではありません。マークふうと読みます。(当たり前か)。若干ゴテゴテしてます。線を減らすと虎に見えず、増やすとマークらしくならず、ドラネコに近いと言えば近い。こうして世の中のデザイナーは、二律背反に悩むのでありましょう。デザインに限らず、あっちを立てるとこっちが立たず、こちらを立てるとあちらが立たないという事は、良くある事です。古くは嫁と姑の問題、新しくは嫁と愛人の問題。(どこが新しいねん)しかも後者の場合は、片方が立たないという困った問題も発生します。う〜ん。話しが若干アカデミックになってしまったようで、元に戻しましょう。

マークは企業の印象を決める顔です。イメージマスコット、イメージキャラクター、氾濫しすぎる位次から次へと出てきます。特に動物は引越屋さんに顕著で、パンダ、ペリカン、クロネコ、アリ、ゾウ…何故か動物ばかり採用する。覚えてもらいやすいからでしょうか。人間の記憶は何か別の要因とくっつけると、飛躍的に高まります。意味のない数字の羅列を語呂あわせするのも同じ事です。書籍も背表紙や表紙のレイアウトと一緒に脳にしまい込む為、背表紙を見ると中味を思い出す事に気がつきます。記憶因子を一緒に埋め込む役目を背負っていると言えます。さらに、人間だと不祥事などのリスクが生じるが、動物にはそれがない。しかし、なんと言っても最大のメリットはキャラクター使用料が要らない事に尽きるでしょう。

考えてみりゃあ、年賀状は12種類のキャラクターを背負っていることなります。毎年変わる動物。これは強い筈です。12年サイクルで人に記憶を埋め込む、まるで記憶の時限爆弾のような存在ともいえる訳で、み〜〜んな12年後に、12年前の事を思い出したりするのです。貴方が12年後に虎を見て思い出すのは一体何でしょう。間違えて、年賀状を全部刷り直して、ぶち切れた事かもしれないし、もしかしたら、株で大損した事かもしれないし、或いは何かを盗まれた事かもしれないし…って、例えとはいえ、縁起でもない悪い事ばかり書いてますが、思い出しても気持ちがいい、本当に良い事だけを虎と一緒に頭の中のスクラップブックの中にしまい込みたいものです。

だけど、不思議な事に人間って、悪いことしか覚えてなかったりするんですよね〜これが。(あかんがな)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »