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2009年11月

2009年11月30日 (月)

a09-iPhone年賀状

A09●iPhone年賀状

モバイルの革命児、iPhone風年賀状。今では珍しくもなく最近は電車の中でもチラホラと見かけるようになった。今更ながら何が凄いといって、あの発想力だ。当たり前に存在するものを否定して新しく創り出す事の難しさはイヤと言うほど分かるだけに、3年前の発表時には衝撃を受けた。こういうものが生み出せる土壌が素晴らしい。以降、似たような携帯が出てきている。だけど1番最初がやっぱり凄い事に変わりはない。

私も通勤電車の中で使っている。昨年も書いたが仕事が一変した。会社に来るメールをGmalにも転送し、iPhoneで閲覧する。どこにいても何のメールが来たかが即座に分かる。ノートパソコンを手のひらに入れた感覚だ。iPhoneを使用しているビジネスパーソンは珍しくないだろう。普通の携帯電話を忘れても焦らないが、iPhoneを忘れるとかなり焦る。若干依存症気味かもしれない。

コミュニケーションツールとして携帯電話に依存している人は少なくない。通勤電車の中を見ていて、これでもかというほど携帯を見つめている人が多い。これまでのコミュニケーションのあり方を変えてしまった。手紙のような通信手段は既に終わり、即時通信に変わった。加速度的に人と人との交わりが早くなっている。そんな中で旧態依然とした年賀状が存在している事が奇跡のようにも思える。郵便事業会社は、年賀状は贈り物だとキャッチコピーを流している。だけど本当にそうなのか?私は違うと思う。

年賀状はやっぱりコミュニケーションのツールなのだと確信している。今風の携帯電話を以てしても代替出来ない、人と人をつなぐ希有なツールなのだ。あのハガキ1枚から様々な情報を読み取る事が可能だ。1年1年の移り変わりでその変化を読み取る事が出来る。住所変遷や、子供の年令、写真や、メッセージから友人知人の近況を知る事は可能だ。年賀状と携帯は映像と写真との関係にも似ている。一瞬一瞬を切り取った写真は今でも廃れる事はない。年賀状もまるで1年の一瞬を切り取った写真のようだ。

年賀状が来ない事すらが、近況だとも言える。何もかもがカーレースのように進んでいく昨今、1年に一度のやりとりで人をつなぐものが他にあるだろうか…。ある種同窓会と似たような役割を果たしている。同窓会を贈り物だと言う人はいないだろう。年賀状レトロ美術館を今年作ったが、その100年前の年賀状を見ていると、100年前が甦ってくるような気になる。100年間生き続けている。きっと、あと100年経っても廃れないに違いない。そして、日本だけでこれほど発達している事を考えると、これは日本文化そのものだとも思える。

もしかしたら100年後、200年後、何気ない貴方の年賀状が時代を反映する年賀状としてどこかに陳列されているかもしれませんね。

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2009年11月28日 (土)

e08-盃風お盆年賀状

E08●和風お盆

全体の並んだ状態を見て、この辺りに黒い色で締まった年賀状が欲しいと思ったので、昨年も使ったが、このリッチブラック(黒に青が混ざった、黒々とした色を業界ではリッチブラックと呼ぶ事がある)を使った年賀状を入れてみた。色合いとしてどこかに緑がワンポイントとして入れたいところで、あまりに取ってつけたようになってしまったが、葉っぱを添えた。お盆の中央には金色の虎を配している。盃と言った方が良いかもしれない。どっちでも良い。ここは受取り手の都合にまかせたい。

この年賀状は使うのに勇気がいる。何と言ってもインクを大量に消費する。黒に見えて、黒と青が入っている。赤にも黄色が混ざり、緑があるので黄色と青が使われている。これでもかという程、インクがいる。このご時世、大きな声では言えないがうちの会社は儲かっていてボーナスが多かったので、インクなんてセコイ事は考えた事もない…って人にピッタリの年賀状だ。今風のエコとは実にほど遠い。リッチ(ブラック)な人向けかもしれない。画像でみるよりも、プリントして初めて分かる色合いと美しさだ。お暇な方は1枚だけプリントしてみては如何?。

途中でインクが切れたらどうするんだ。俺様が切れる!って方は決して使ってはいけない。また、近くに家電量販がない、インクを売ってるところがないって人も避けた方が懸命だ。条件を選ぶ贅沢なデザインだ。インクは家から歩いてすぐの所に売ってるぞ、というリッチ条件な人向けかもしれない。(大げさだ)

それにしても、デフレだ、不況だとかびすましい。言えば言うほどに落ち込むような気にさえなる。国全体が自己催眠にかかるようだ。もっと明るい話題はないもんでしょうかね〜。ほんま。

あと10枚になりましたが、頑張って一気に作ります。

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2009年11月27日 (金)

e07-ロゴマーク風

E07●ロゴマーク風

虎を出来るだけ簡略化出来ないかと考えて、一旦描いた虎をさらにシンプルにしていった。あくまでマーク風なので、ロゴマークとしては当然ながら完成度は低い。今回は黄色は使いたくなかったので、ワンポイントに口だけ赤にした。丸が基本なので、本来は中央に据えてバランスを取るのが簡単なのだが、面白みに欠ける為、敢えて中央から外して、迎春の文字と挨拶文でバランスを取った。挨拶文を十文字にするなど、邪道の極みだが、ここはデザイン年賀状の名前通り、ぱっと見の印象を優先。

ざっと説明としてはこんなものだが、自分として何だか満足度が低い。気に入ったものは掛かった時間に比例しない。どんなに時間をかけようが、時間が短ろうが、満足度とは何の関係もない。独創的で斬新で誰もが使うであろうものが出来た時が一番嬉しい。そう考えると、独創性に乏しいのが気に入らない原因かもしれない。その意味では虎のリアリティのあるイラストなんて描いたなら、一番満足度が低いかもしれない。但し、これは一般的な評価ではなく、自己評価なので世間の目とは、ずれているだろう。

次から次へと泉のようにアイデアが湧き出たらきっと嬉しいに違いない。だけど残念ながら、そんなネタが止めどなく浮かんで来る貯水池を持ち合わせていない。これは今までの不勉強の賜で仕方ない。自分には到底出来ない発想をする人を見ると、本当に感心する。一体どうしたらこんな考えが出てくるのだ…と思うからだ。素晴らしい知恵と発想が評価を得る世の中であって欲しいと願っている。決して金儲けが評価の基準であって欲しくないからだ。

これは何もデザインなんていう小さなカテゴリの話しではなくて、ビジネスでも、アートでも全ての世界で共通であって欲しい。今の時代はともかくとして、せめて次世代はそうあって欲しいと思う。

…と、こんな真面目な事を書く予定ではなかったが、皆さんそうは思いませんか?

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2009年11月26日 (木)

d08-テニスフォアハンド

D08●テニスフォアハンド

毎回、テニスラケットでお茶を濁していたので、今回はきちんと動きのある絵にした。フォアハンドでレシーブするの図だ。このポーズのモデルは、なんとロジャーフェデラーである。(全く似てもにつかない)あまり気にする必要がないかもしれないが、同じようなタッチの絵が異様に気になる。これはどうも性分のようだ。干支で縛り、余白を取る縛りを入れ、年賀状という縛りだと、パターンというのはそうそうあるものではない。あるかもしれないが浮かばない。どうやって違うように見せるのかの話しになる。

良くあるCD素材などで何千点とうたったパターンは、同じ絵で色だけが違っていたり、同じレイアウトで位置だけが違っていたり、そんなものを数に入れて良いのか!…って怒りたくなるものもある。いくらレイアウトを変えても同じ絵は同じ絵なので、印象は絶対に変わらない。同じ絵でも一部を切り取るとか、反転させるとか、工夫をして欲しいものだ。点数の多さアピールすれば中味はともかく売れるに違いないと勘違いした、売り手からの都合なのだろう。しかも中味が見えないので実際売れていたりする。

CDを買っても本当に使えるのは何点も無かったりする。それなら使えるものだけ10点、20点の方がまだましだ。数が多い分、使えるものを探すのに時間が掛かって、余計に役に立たない。サギに近いやろこれ!と思う。嫌になるほどそんな経験をしてきた。最初から自分で描いた方が早い位だった。それでも仕事で使って来たので、時間が無くて、100枚や200枚できかないほど素材CDを買ってきた。

だから余計に同じパターンを続けるのが嫌で、どうにか変えてしまいたいと思うのかもしれない。

毎年作った年賀状を後から見ると、消してしまいたい衝動に駆られるものが多い。(ちなみにこのテニスの年賀状もあまり気に入っていない)いくつか自分でも良く出来たと思うものもある。だけど残念な事に、自分が良くできたと思ったものは人気がなかったりする。

何だか難しいもんですね。

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2009年11月25日 (水)

d07-アタックナンバーワン!

D07●アタックナンバーワン!

どうもデザインというよりも線画のコミックタッチが増えているので若干申し訳ないなあ…と恐縮しながらも、反省は全くしていない。(だって、な〜〜んにも浮かばないんだモン、涙が出ちゃう)ってのはアタックナンバーワンのセリフで中年男が言うと気持ちが悪い。その代わりと言って何だが、出来るだけ動きを出している。空に向かってジャンプするあり得ないトラだ。Illustrator使いの為に説明すると、ほぼペンツールで描いて、ブラシを適用している。しかもそのブラしたるや円を描いて、登録しただけの何も考えていないシンプルなブラシである。意外にこのブラシが重宝する。

アタックナンバーワンは、少女マンガなので、勿論思い入れはないし、見てもいなかったが、テレビアニメのセリフだけは良く覚えている。スポーツ根性モノが流行った時代だ。当時は物語も大抵単純だった。ドロにまみれた主人公が汗と涙と努力の末、栄光を掴む。見ている方も単純だった。マンガに限らず、いつの頃からか、複雑な物語が登場してきた。複雑な生い立ち、複雑なストーリー、リアリティを追求したストーリー運び。臨場感が求められる時代になったのだろう。四捨五入された物語だと、そんな事あるかい!てな突っ込みが入るのだろうか。

時代と共に技術は常に進化していく。その昔は知らないが、子供はのらくろ三等兵みたいな単純なマンガでも狂喜乱舞したのだろう。年賀状だって進化していくのは誰にも止める事は出来ない。その進化についていきながらも、良い部分をどのように残して活かすのか。少しぐらい貢献できるだろうか…。そんな事を考える。

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2009年11月21日 (土)

MacBookが当たります!

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●心に届け!年賀状コンテスト

今年で3回目を迎える、心に届け!年賀状コンテスト。11月より作品応募受付を開始しています。筆跡が反映されている事が条件となっています。全てが手書きである必要は全くありません。デジタルでも手書きが反映されていればオッケーです。通常のデザインコンテストではなく、メッセージ性を重視しています。上手い下手ではなく、ハガキから語りかけてくるような年賀状をお待ちしています。

●貰った年賀状もOK!
このコンテストでは、単に自分の作品だけでなく、貰った年賀状も対象となっています。この年賀状は素晴らしかった。良かったと思う年賀状があれば、(これは勿論年明けにしか分かりませんが)是非、ご応募ください。

グランプリは、今回はアイデア工房からアップルのMacBookiPod touchを。株式会社ワコムさんからは、プロ仕様のintuos4のペンタブレット他、タブレット3台。筆まめのクレオさんからはプロアトラスを5本。その他色々で、合計37本の賞品を用意しました。

まだ作るには若干時期的に早いですが、記憶の片隅において、作る時、或いは年が明けたら来た年賀状を見て、これは応募出来ないか…と探してみてください。お年玉付き年賀状が当たるより、遙かに確率が高いです。

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2009年11月20日 (金)

c08-トラになるんだ!

C08
●トラになるんだ!

なんていうか、ちょっと間をあけたら敷居が高いというか何というか…。とても作る気になれないんだよな。これが。こういう時は昔描いたものを焼き直して調子を上げる。これに限る。トラだトラだは、タイガーマスクの中の言葉だが、どちらかと言えば、鬼になる、って意味に使われるような感じだ。極めるといっても良いかもしれない。人間から昇華して、鬼になるんだ!って訳だ。受験の鬼、仕事の鬼、何だってよいだろう。ガンバレ!或いは頑張るの意思表示にどうだろうか。まあ、逆に鬼から人間になりたい!ってマンガもあったが…。

デザイナーなんてその最たるもんだと思う。仕事仕事で夜も昼もない。毎日締め切りに追われ、夜と昼の境目が分からない。何度、人間になりたい〜と叫んだ事だろう。仲間と一緒に、俺達ちゃ〜業界〜〜人間なのさ〜と叫んだ事が、ついこの間の事のようだ。そして、最近ようやく人間の仲間入りを果たしたところだ。人間になったらなったで、物理的な若さがなくなっていたのがとっても残念だ。

でも、いっとくが精神は若い。確かに脳みそは衰えてきている。ど忘れがあったりしてとっても悲しい。しかし、しかしだ。いっとくが気持ちは若いのだ!誰にも負けないくらい若いつもりだ。それでも見た目は年相応になっていって衰えているのは確かだ。脳みそも衰えてきている。だが、だが、これだけは強調しておきたい。気力が若いのだ。絶対に若いのだ。それでも確かに体力は完全に落ちている。下り坂を転げるように無くなってるのは間違いがない。脳みそも衰えてきている。だが、だが、それでも、な、なんというか…え〜〜と、な、何を言おうとしてたんだっけ…。

わ、忘れた…。

う〜〜ん。こうなったら、仕方がない。忘れ去る事の鬼になろう。

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2009年11月16日 (月)

c07-ダルマ

C07
●ダルマ
ダルマシリーズはかなり困難を極めるシリーズだ。毎年頭を悩ませる。ダルマの特徴が強烈だからである。ダルマに干支を絡ませる手法については色々と考えた。顔の部分だけで勝負する。ダルマのカタチ全体を顔に見立てる。干支の特徴的な部分をダルマの顔の部分に埋め込む。それでも駄目なら文字で誤魔化す。この順番に考えていく。

過去のダルマシリーズで自分自身が一番気に入っているのはブルドックをダルマに見立てた戌年のダルマだ。今年は顔の部分だけで勝負した。他に手法が思いつかなかった。手段としては自分の中では若干姑息な部類に入る。しかし、虎の怒ったような顔はダルマの顔と似ている。共通点がここしか見いだせなかった為、マンガチックになってしまったが、とりあえず及第点としておこう…と、自分にささやいた。

ダルマは選挙で必ず出てくる。今年民主の風で落っこちた議員さんにぴったりではないだろうか。再選を期して頑張るぞという訳だ。そもそも縁起物のダルマは起き上がり小法師が起源とされているようだ。七転八起。まるで落選された方にはぴったりだ。何度転んでも起き上がる。捲土重来。諦めず挑戦する。そのイメージにぴったりだ。議員さんだけでなく、諦めず成し遂げる意気込みを持った人には是非、アイデア工房特製のトラ印ダルマを使ってやってください。これは縁起物です。そうすればきっと私のように…

七転八倒することでしょう…って(縁起でもないな)

とにかく諦めないで挑戦し続けるこの姿勢について、日刊スポーツの野茂英雄のメッセージが秀逸だ。読んでいて感動する。インタビュー形式だが、そこに出てくる野茂の言葉が凄くイイ。現役時代から大好きな選手だったが、こうしてメッセージを読んでさらに好きなった。人に勇気や元気をくれる。そんな存在だと思える。

見習いたいものですね。

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2009年11月14日 (土)

b08-ファンシー

B08

●ファンシー

あまり得意でないパターンだ。家族用なので、子供をテーマにしているが、色彩も苦手だ。配色には好き嫌いがあるだろうし、自分の好きな、或いは得意な配色パターンとは、ずれているからだ。かわいい絵がそもそも苦手だ。子供服売り場などでPOPや装飾物を見ると、明らかに自分の不得手な分野である事がよく分かる。よくこんな絵が描けるなあとか、こんな配色ができるなと思うと、餅やは餅やなんだな…とあらためて再確認する。

人間ひとりの出来る事ってたかが知れている。どんな天才も、どんな努力家でも複数の事を同時並行であれもこれも出来ない。きっとひとつの事に集中して事を成すから、結果として天才と呼ばれるのではないだろうか。中途半端にあれもこれも手を出して、全てが中途半端な自分を顧みるにつけ、反省するばかりだ。

世の中はどんどん分業化が進む。専門分化していく。これは必然だ。専門化して、その技術やノウハウに特化していくから、集合体として最後に良いモノが出来る。本当に良いモノって…何人もの専門家が知恵を絞って作ったもので、たったひとりの思いつきと実行だけで出来る世の中では既になくなっている。

自分の住処としての専門分野は一体どこなんだろう。時既に遅しだが、時折自問自答してみる。

答えが漠として見つからないのが、実に悲しくも哀れであったりするのでございます。あと18枚、ともかく頑張ります。

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2009年11月13日 (金)

b07-木細工

B07
●木細工

木目の虎にしてみた。ぶさいくとは読まないで欲しい。だけど確かに不細工かもしれない。家族だからふたつ並べるという発想は安直だが、少しでも奥行き感を出したかったので斜めの構図になっている。影を僅かでも入れると、俄然変わる。いつもとあまり変わらない構図とテイストだ。だけどこれの手の年賀状を好んで使う人がいる事もまた事実だ。

逃げに聞こえてしまう可能性もあるが、年賀状では食べてなくて、本職は別にあると、過去に何度も書いた。自分がいなくても誰も困らないだろうし、何も変わらない。誰かに貢献している意識もあまりない。それでも使ってもらっているのだから、使っている人の期待にはどうしても応えたい。期待に応えなければならない。(グラフィックデザインの)プロとは期待に応える事だと思っている。

そのひとつが、出来るだけ同じシリーズで使っている人に同じ印象の年賀状を提供する事だ。一旦プリントして住所をいれて作った時点で、自分の手を離れ、使っている人のものだ。これは私の年賀状だ、俺の年賀状だと思ってもらえたらとても嬉しい。だから、毎年私の年賀状、俺の年賀状を作らなければならない。例え、それが自分としては気に入っていなくても、作るのが期待に応える事なのだと思う。

本心は苦しいというより、紛れもなく喜びだ。年賀状なんていう小さな枠ではなく、作ったものを使ってもらえる喜びは誰にも等しくある筈だ。毎日食事を作って家族に食べてもらって、美味しいと言われた喜びと変わらない。頑張って働いて給与を稼いで、ありがとうと言われた喜びに等しい。喜べる事を喜ばないといけないとつくづく感じる。

振り返ると、家に帰ってご飯を食べて、あまり美味しいと言わない自分がいる。いけませんよね〜、これ。これこそ不細工な行動と言われても仕方ない。よし、今日は、それを言うことにしよう。

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2009年11月12日 (木)

a08-炎の挑戦

A08

●炎の挑戦

シンプルで印象的で、かつ作るのにも非常に短時間で楽なものがないかな…と、必死で時間をかけて考えて苦労に黒を重ねた結果出来た年賀状だ。(異様におかしい表現だ)楽な表現と言えばシルエットだ。炎で抜く事をまず考えた。炎は人の感情をたかぶらせる役割がある。さらに意気込みを示す意味合いもある。挑戦者にぴったりのイメージである。これを使わない手はない。虎と炎。最強のチャレンジャーの誕生である。燃える●●のキャッチフレーズを添えれば、この会社なら任せても新しい可能性を感じる事だろう。

炎の背景に黒を使って締めた事で、炎が浮かび上がって、自分としては単純きわまりないが、久しぶりに結果として気に入った一品だ。不景気だ、デフレだとばかり嘆いて環境のせいにばかりしていてはビジネスは始まらない。例え、不況であろうが、モノが売れない時代であろうが、挑戦する気概を忘れたら終わりである。常に前向き、常にプラス思考、常に炎のような野心をもってチャレンジして欲しいと思う。上昇志向の会社にぴったりの年賀状ではないだろうか。是非使ってやってください。

巨人の星でも、星飛雄馬の目はいつも燃えていた。(涙流してばかりもいたが…)アントニオ猪木はいつも燃えている。燃える事を忘れたら、灰になるだけだ…と自戒を込め、ともに頑張ろうではないか。

はっきりいって私なんて、ずっとずっと燃えているのだ。決して炎が消えた事はない。どこが燃えているかって?

尻に火がついて常に燃え続けているのだ。(あかんがな)

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2009年11月11日 (水)

a07-ビジネス虎の巻

A07●ベンチャービジネス虎の巻

起業家の方に是非使ってもらいたいと思って作った年賀状だ。ビジネスの一歩は新しいノートの始まりと同じ。ひとつひとつノウハウを書き込んで行って虎の巻が出来た時に大きな会社に育つ。そんな1ページを共に書き込んでいくパートナーシップを図る相手にぴったりだろう。今の時代は1社だけでどうにかなるものでない。グローバルな展開を考えれば、信頼感のあるパートナーがあって初めて成立するものだ。え、思わない?下請はいじめられるものだって言いますか?

別に企業に拘らなくても良いかもしれない。一緒に作り上げていくのは何も会社だけとは限らない。ではこうしましょう。友人や恋人に一緒に作り上げていく関係になろうよっちゅうのはどうですか?交換日記でもなんでも良いじゃないか(古すぎるか)。その割にはノートが無骨過ぎる?かわいさが足りない?今の世代はお互いを尊重して相手に深入りしないものだ?う〜〜ん、そうかもしれない。

ではこうしましょう。この際、不倫でも良いじゃないですか、愛人でも、若いつばめでも何でも良い、一緒に歩めば何でもありにしましょう。え、不倫相手がいない?作り方が分からないって、そりゃあ俺も同じだ。誰か教えてくれ〜〜。こうなったらもう何だっていいじゃないか。新しい一歩を踏み出す人なら、ノートの始まりと一緒にしよう。それがいい。決まり!

しかし、新しいノートって、いつも思うのだが、最後まで使った試しがないんだよなあ…これが。

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2009年11月10日 (火)

e06-蛇腹金屏風

E06

●蛇腹金屏風

寅の文字を使った。絵ばかりではトドメもなく同じパターンになってしまうからだ。黄色ばかりになる事を避ける為に、緑が欲しくて中央に門松を置いた。まあ料理で言えば、パセリを置くようなものだ。さらに寂しいので赤が欲しくて、迎春の文字に赤が入っている。これもショウガか福神漬けのようなものだろう。どうしても奥行きが欲しかったので、文字を蛇腹にして立体感を出した。…とまあ説明すれば、たったこれだけの事だ。

この年賀状で業務用から数えると75枚目になる。ネタもいい加減尽きようかっちゅうもんだ。いや、とっくに尽きているといっても良い。残っているのは応用だけかもしれない。天才でもないので次から次へと新しいモノが浮かぶ訳ではない。何の為にやっているのだろう…と疑問に思いつつ作っている。一番最初は人が大勢くるだけで満足できた。しかし長続きしない。もう、金銭でもなければ、作る喜びでもない。心の奥底を突き動かす何かがないと出来ないものだ。いつの間にか、ここまで続けたのだから勿体ないから…という消極的理由になっている。

世の中きれい事だけではなかなか進まない事だってある。若い頃は夢と希望だけで出来た事が出来なくなる。30代、40代、50代とそれぞれの世代に、モチベーションの維持の仕方がある。その差はきっと残り時間によるのだろう。締め切りが近づくと、壮大な計画は縮小して、出来ることだけやるのと似ているかもしれない。残りの時間を考えると自分としてはちょっとだけ悲しい。

今言える事は、同世代の人に元気を出してもらいたいって事だろうか。もし、こうして作り続けている事が、同じ世代の方に共感を得て、なにがしかの力になっているならば、頑張る勇気も出てくる。年賀状だけではなく、色々な事で人の力を増幅させる事が可能ならば、楽しいに違いない…と思う自分がいる。そして、俺も負けていられないぞと思ってもらえる何かが出来たらと考えている。頭の中にその片鱗があるのだが、なかなか実行ができないのが歯がゆい。1年後か2年後にでも、実現できれば良いんですけどね〜〜。一体何をするのかって?

それは…秘密です。

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2009年11月 9日 (月)

e05-簡略化

E05
●簡略化

簡略化というにはあまりに違和感がある。良いタイトルが浮かばなかった。本来のデフォルメはこれでもかという位に徹底的に無駄を省き、何じゃこれ…という位、シンプルにしなければならない。それでも良く見れば確かにトラだってのが理想だ。この図案ではあまりに線が多いので苦しい。だいたい構図も真正面だし、面白みも何ともない。それでもこうしてアップするのは勇気と言うほかない。ほめてくれ。(単に勿体なくてセコイだけだという意見もある)

毎度の事ながら簡略化には相手の思いやりも必要になる。或いは説明しなくても見る人の思いこみが大きく左右する。今年は寅年なので、寅だというのが大きな思いこみの例のひとつだ。おそらくドラネコ描いても虎と受け取ってしまうのが年賀状の干支の特徴だ。セクハラも似たようなもので、相手に思い込みがあれば恋愛で、なかったらアウトになる。日本人の得意なあうんの呼吸ってやつも、言わばコミュニケーションの簡略化とも言えるだろう。つまりは手続きの簡略化だ。いちいち説明しなくても分かる筈だ…という双方の思いこみによって成立する。

欧米人だって片目をつむれば求愛の印だ。例え、目にゴミが入っても、好意を持っていると思われても仕方ない。略称も同様だ。キムタクと言えば木村拓哉だ。決して韓国のキム・タクさんじゃない事になっている。簡略化は便利だが、誤解を生む事も事実だ。そのギリギリの線で仕上げるのが面白いし、或いは誤解を受ける事が別の意味で面白いのだろう。

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2009年11月 8日 (日)

d06-トラ帯

●柔道空手トラ帯

武道全般に使えるように、動きはやめた。動きを入れると柔道や空手など特定の色に縛られるからである。年賀状の構図としては面白くなくなるが、大勢に使えるようにする事と面白さのどちらを選択するかで、前者をとった。迷うところだが、ここはやむを得ない。帯をトラの帯にした。誰でも考えつく安直な発想だが、これも黒帯だと使用者が限定されるので、帯の色にこだわらずにすむので、使いやすいと踏んだ。

使いやすさばかり考えると、発送も貧困になり、構図やデザインで制限を受ける。難しいところだが、もともとデザインなんて制限だらけの中で処理するものだと思う。何の制限もない仕事なんて世の中にそうそう多くはない。制限を受けつつ、思案する事で技術は磨かれるものだ。その割にお前は代わり映えしない…と言われると、返す言葉がない。

それにしてもここのところ34才の結婚詐欺の女がテレビを賑わしたと思ったら、今度は35才の女。お、女は怖い…。しかも騙されて殺されるのは、疑う事を知らない同世代の男である。何だかなあ…。テレビではぼかしが入ってるが、週刊誌や夕刊紙では顔は隠されずどかんと掲載されている。見るに、結婚詐欺をはたらけそうな顔には見えない。しかし、うちの社員によると、美人だと警戒されるから、ほどよい位が丁度良いのだそうだ。確かにそうかもしれない。身の丈にあった相手なら警戒心がなくなるって事だろうか…。ほどよいと思った同世代の方に同情を禁じ得ない。

実に人間の心理をついている。予定調和に人は安心感を覚える。この紋所が目に入らぬか!と、いつものワンパターンのシーンが出るのを分かって見ている人の心理だ。これが突然ご老公が切られて死んだりしたら困る。年賀状だって似たようなものだろう。毎年の儀式のように迎えるから人は安心する。正月の風情を感じる訳だ。

こうして作っている自分にも言えるのかもしれない。しんどいしんどいとぼやきつつ、現実逃避を図る部分がないとは言えない。考えさせられるのであった…。

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2009年11月 7日 (土)

d05-全裸でスノボ

D05
●全裸でスノボ

スポーツ年賀状は今回スノーボードとなった。毎年スキーかスノボは描いている。タイトルは若干週刊誌的だ。例年とは少し構図をかえて後ろ向きのポーズである。だけど笑顔で考え方は前向きである事を付け加えたい。他のものと同じく出来るだけ人間の胴体に顔をくっつけるのではなく、トラのカタチを活かしつつ、動きを出した。な、な、なんと、服も着ていない全裸のトラだ。(それを言えばゴルフの年賀状も全裸やっちゅうねん)全裸で雪の中をスノボでジャンプするという、倒れたらしもやけになりそうな画期的なトラである。(どこがや)

よく体育会系とか文化系とかの分け方をするが、自分はどっちだっただろう…と言えば、おそらくは体育会系とは言えなかった。スポーツはあまり縁がなかった。それでも20代の頃は独身寮に住んでいて草野球程度ならやった。嫌いではなかったが、得意とまではいかなかった。スポーツ好きといっても、汗をかくスポーツ好き。観戦するスポーツファン。本やテレビで見るファン。数字に拘るスポーツファン等々、種類がある。自分は汗をかかない方のスポーツ好きなのだ。

鉄道マニアの事を俗にテッチャンというが、このテッチャンにも種類があって、乗るテッチャン、写真を撮るテッチャン、時刻表を眺めるテッチャン、模型を作って楽しむテッチャンの4種に分かれるそうだ。マニアの領域も実に奥深い。そう考えると全裸ファンの中にも(…って、そんな奴いるのか)乗って楽しむファンと、触って楽しむファンと、見て楽しむファンと、見せて楽しむファンがいそうな気がしてきた。(あ、あかん、どんどん品位を失っていく)

今回の後ろ向きの全裸のトラはどのタイプかって…?う〜〜ん、う〜〜ん、難しいなあ。どのタイプにしても書いたらあかんやろ。八方ふさがりって奴だ。こういう状況を昔の人はことわざでこう言いましたね。

前門のオオカミに肛門のトラ。

う〜〜む。オチをつけるつもりが、堕ちるところまで堕ちてしまった。し、しかしだ、書くことは実に下品だが、書いてる本人は至極上品で品位のかたまりである事を最後に付け加えておきたい。

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2009年11月 6日 (金)

c06-21世紀新年

C06●21世紀新年

大阪吹田市にお住まいの皆さんこんにちは〜!50代の皆さんこんにちは〜〜!こんにっちは〜、こんにっちは〜、世界の国から〜〜ってな訳で、友人知人用の年賀状、友人と言えばともだち、友達と言えばジャジャ〜〜ン、あのマークボランのTレックスの20thセンチュリーボーイズのテーマソングが聞こえてくるのは私だけではない筈だ。(お前だけだって?)いいえ、そんな事はない。

マンガや映画で子供受けしているが、50代以降の人間にとっては人類の進歩と調和の万博は忘れがたい一大イベントだった。私も中学の時に学校で見物にいって、帰りの電車の中で爪にとげが刺さって、爪を3枚抜くことになった忘れがたい記憶があるのだ。今となっては万博と言えば、痛かった事しか覚えていない。人間とはそういうものだ。それがどーしたって?どうもしません。すんません。

岡本太郎先生は、これを見ても決してあの世から著作権侵害で訴える事がないと信じて作った。色を黄色にしてあるだけだろうって思うかもしれない。最後に苦し紛れにこんなもん作るか〜〜という言葉にお答えしましょう。た、確かに苦し紛れだ。しかし、中央のマークを見れば、小さな字で「とら」と書いてある事に気がつく筈だ。それがどーしたって?どうもしません。すんません。(何で何回もあやまらなあかんねん)顔はどうして虎にしなかったかって?難しいから虎にするのを断念したんだろうって?

そう断念。(大阪弁で読んでください)

しかし、吹田市だけでなく、三波春男ファン、20世紀少年のファン、岡本太郎ファン、万博世代、み〜〜んな使えるオールマイティな年賀状でございます。(嘘付け!)

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