a10-つながる年賀状
例年、作っている省略形の年賀状だ。例年作っているとは言ってもテーマが同じなだけで、干支が違うので、これはこれで結構頭を使う。見えない部分を見ている人に補ってもらうのを目的としている。以前にも書いた事があるが、慣性の法則というやつだ。線が途切れていても、見る人が頭の中でつないで見てくれる。
全てを書きすぎるよりも、時として想像にまかせた方が良い場合がある。例えばラジオは、声だけなので想像をかきたてる。声から顔やその人となりまでを頭の中で組み立ててしまう。後からテレビで実物を見たときに、何でテレビに映ったんだ〜〜!と怒りに震えた経験のある方もいるに違いない。(俺だけか?)時として虚像は実像を超えてしまうものだ。逆に言えば、表現方法としてはその方が優れている事になる。
長年会っていない友人と会ったりすると、それが10年であっても20年であっても、久しぶりだなあ…と言いつつ、まるで時間が経っていないいないかのように経過を埋めてくれる。一緒に過ごした時代背景や共有感が繋がっているからだろう。年賀状は、その最たるものだ。1年刻みのパラパラマンガのように人と人を結びつける。クラス会だって同じ法則が働く。今年の夏、中学校のクラス会があった。40年近く経っても、やっぱり時間が埋まった。この先、会うかどうかも分からない。それでも疎遠になっていた人とコミュニケーションがとれた時の嬉しさは格別のものがある。
記憶は何から何まで全て覚えていたら脳がパンクする。だから適当に忘れて、細切れになって残った大事な情報をかき集めて繋いでくれているのだろう。人は一生の間にどの位の人と会ってどの位覚えているのだろうか…。年賀状の枚数の多さが全てとは思わないが、やはり記憶の鍵となって、過ぎ去った時と今を結んでくれるのかもしれない。
思えば、年賀状はこれまであまり多くは出してなかった。今年は少し出してみようかな…と思う。しっかりとペンを取って賀状にあれこれ書いてみるのも良いのかもしれない。
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