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2010年12月

2010年12月28日 (火)

年賀状甲子園・終了

第2回年賀状甲子園が、20日に優勝決定し終了となりました。

【優勝】
前回準優勝の「埼玉県立狭山緑陽高等学校」

Photo_3

【準優勝】
こちらも連続参加の「愛知県立豊田東高等学校」

Photo_2


TOP2の作品もベスト8と一緒に公開しておりますのでご覧くださいね。

【Most Valuable Picture(M.V.P.)】
(イラスト部門)兵庫県立香住高等学校
(写 真 部 門)埼玉県立狭山緑陽高等学校
(干 支 部 門)学校法人石川高等学校

Mvp

こちらもM.V.P.ノミネート作品と共に公開しております。

前回よりも参加校が少し増えて、うれしい忙しさだったような。。。
来年度も開催予定ですので、もっと多くの高校に認知していただけるよう努力
しなくては!

優勝監督電話インタビューをさせていただいた際、
「応募して終わりのコンテストと違って、採点したり、経過を待ったり、
参加感があっておもしろいし、普段自由に描いているけれど、年賀状甲子園
のように、決まりのある中で、チームとして話し合いながらの創作は楽しそう
でした。同い年の作品をみることも良い刺激になったし、自分の力量を試せる
良い機会になりました。」

とおっしゃっていただけとこと、また、準優勝監督のコメントの中でも、

「制作後の採点もよい勉強になりました。全国の生徒たちの作品を見ることは
とても刺激になり、自分たちの作品も遠く離れたどこかで採点されていると思う
とそれだけで緊張をする一方、嬉しく思ったそうです。」

この一言は、本当にやって良かったと思わせていただけました。
現在、参加チーム向けの作品集を制作中で、年始には、記念品として参加全校に
お届けの予定です。

主催者として、絵画技術、上手さのコンテストではなく、年賀状という年始の
ごあいさつの習慣の中で、絵と直筆文字で思いを伝える方法を考えるということ
を考えてもらいたいとのコンセプトが伝わっていないのではないかと不安に思う
部分もありましたが、2監督のコメントに救われました。
来年はもっとわかっていただけるよう、もっと楽しんでいただけるようがんばります。

こっそり楽しんでいただいていた皆様。
本当にありがとうございました。

早川@スタッフ

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2010年12月16日 (木)

年賀状甲子園・決勝進出チーム決定

第2回年賀状甲子園決勝進出チームが決定しました。
11月15日から10日間で1ブロック7〜9チームに分けたブロック別の
採点pencilを行っていただきました。
参加チームのほとんどが高校の美術部など部活動として参加いただいて
おります。いろいろなコンテストで評価されることはあっても、同じ
高校生の作品を評価の目eyeで見て実際に採点するってことはないのでは
ないかと思います。
年賀状甲子園の醍醐味の一つ、相互審査は楽しんでもらえたのかと、
ドキドキhappy02しています。

12月1日からはベスト8のトーナメントとなり、主催側の審査員の採点を
段階的に加点。ついに参加59チームから2チームに絞られました。
最終結果発表は12月20日の予定です。

決勝進出の決定に合わせて、ブロック別に参加作品の公開を開始いたしました。
皆さんの力作をご覧ください。

20日には優勝チームの発表、及びテーマ別M.V.P.の発表をいたします。
お楽しみにnotes

早川@スタッフ

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2010年12月10日 (金)

最終書をしたためる-e10

E10書道

ラストとなった。筆で文字をしたためるの図。私に書道の心得は全くない。この文字を書いたのは別の人だ。昔はマンガを描いていたので、ペンを使う事はあった。サジペンとかGペンとか、ガラスペンだとかを墨汁でケント紙に描くのだが、筆は、べた塗りと言って黒い部分を塗りつぶす時にしか使った事はない。勿論、硯で墨をするなんて中学校の時しかした事がない。

デザインの道に踏み込んでから、書道やっておけば良かったなあと思ったが、時既に遅し。日々の忙しさに追われてそれどころではなかった。このデザインのような文字ではなく、店のロゴなんかに使われる商業書道の文字を見ると、良いなあ…と思う。自分の思い通りにああいう風に書けたら気持ちいいだろうな…誰もが思う感想だ。もしもピアノが弾けたらなら…の心境だ。

最後なのにあまり良いデザインとはいえない。これで終わりにするのが若干心残りだ。途中は苦しい事もあったが、終わってしまうと、悔いを残してしまうのは毎度の事だ。

さて、来年は辰年だ。どう考えてもしんどい干支だ。簡略化の手もうちにくい。だけど本気で取り組むならこんなに楽しい干支もないのかもしれない。12番目の干支、1周する事になるが、やり始めた頃は、まさかここまで来るとは思ってもいなかった。これまでの惰性を排し、辰年は原点に戻り、誰もがやっていない、斬新な事をする。そして元気が出るものを作る。モチベーションを最大限に上げてそのテーマに向かって走ってみようかと思う。誰もが驚く、唖然としてそこまでするのか…。そんな年賀状デザインで、最後の干支を締めくくりたい。

「最後に」
2000年の巳年から使っていただいて本当に感謝いたします。卯年は、皆様良い年になりますように。年賀状で僅かでもその一助となれば、この上ない喜びです。 see you next!

(ふゆき)

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2010年12月 9日 (木)

MacBook Air、iPod touch、ワコムペンタブレットが当たる第4回年賀状コンテスト募集開始

Top_image 心に届け年賀状

このコンテストはデザイン性を競う訳ではなく、筆跡を反映したメッセージ性を評価するコンテストです。筆跡と言っても手書き奨励ではありません。年賀状には例えスキャンした手書きでも、マウスで書いたものでも、その人なりの筆跡があれば、貰った人も記憶に残ります。

たった1枚の年賀ハガキでも、そこにドラマや、近況が分かるメッセージを込める事が出来ます。強く心に残るインパクトがあれば心に響かない筈はありません。心に届くではなく、届けと銘打っているのは、意識して能動的にメッセージを込めようという意図があります。

文字は人の心境を表します。丁寧な文字、キレイな文字、上手くなくても誠実な文字。文章も木訥だけど、人の心を打つ文章だってあります。逆に絵がデザインがどんなに素晴らしくとも、響かない事もあります。

あなたのドラマを年賀状に込めてご応募下さい。スタッフ一同心からお待ちしています。

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格子模様と扇子-e09

E09 扇子

和の代表としての扇子。今扇子を頻繁にみるのは、和服を着た落語家、将棋の棋士などだろうか。洋服では決して似合わない。この左右対称型をシンメトリーという。勿論色は非対称である。ひとつひとつ色を変えていくと目の錯覚で折れて立体的に見える。背景の色はよくよく考えた結果、和の強調としてやはり黒と紅赤のツートンカラーの格子模様にした。色は難しい。サイト全体の統一感の為に、ある特定の色に振れている。色なんて好みの問題なので、不正解はあっても正解なんてどこにもない。本人が良いと思う色が一番良い色なのだ。

色に限らない、万人が良いと言っても、本人がイヤなら、それは不正解だ。誰にも迷惑をかけない好みは周りがとやかく言う事ではないだろう。これが周囲を巻き込むと自分が良いから俺様の勝手だとはいかない。梅図かずおさんの、自分の服はともかく、しましまの家がその例かもしれない。

人の好みは本当に多種多様だと思う。この年賀状サイトだって、自分が良いと思うモノが人気が無くて、ちょっと雑だったかなと思うモノが人気があったりするから分からない。大多数は有る程度集約されるから、もしかしたらそこから外れる自分の好みがマイナーなのかもしれない。

何はともあれ、やっとラストに近づいた。毎度の事ながらほっとする。

(ふゆき)

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2010年12月 8日 (水)

サイクルスポーツ-d10

D10 自転車に乗って


どんどん簡単にできないかと考えると、こういう形になる。自転車に見えればいいのだ。乗っているのが、ウサギだろうなあ…と思えたらそれで良いのである。こういうのは入れすぎてはいけない。欲は禁物である。言わば禁欲主義とでも言おうか(違う違う)

自転車は会社で移動用に買おうかと思ってまだ買ってない。モバイキーという自転車だ。今は寒いので、来年暖かくなったら買おうかと思っている。自転車はどうしても場所を取る。ビルの5階なので、エレベーターに乗せて上に持っていくのも辛い。オモテに置いたら盗まれるか、処分されるがオチだ。そうすると折りたためる事が条件となってくる。だからこのフランス製の自転車が気に入った。これ、良いでしょ?

その昔、(随分昔の事だ)学校へ行くのに自転車で通学していた。学校まで家から8キロ。田舎なので学校まで信号が2つしかない。毎日ポケットに手を入れて手放しで自転車に乗っていた。これが結構意地になる。学校の近くの信号が赤になりかかったので、手前で速度を緩めながらゆっくり漕ぎながら青になるのを待った。なかなか青にならない。そうこうするうちに自転車が止まりそうになった。足を地面につけばそれで良いが、ここまで来て手放しを止める事が出来るものか…と、禁欲主義が顔をもたげた(意味が違うと思う)

そして…

自転車ごと道路に倒れた。

倒れるまで手を使わなかったのを褒めてやって欲しい。自転車と言えばそんな禁欲の思い出がある。しかし、自転車で禁欲な分だけ、普通は禁欲とはかけ離れた生活をしているのであった(嘘である)

(ふゆき)

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卓球はメジャースポーツか-d09

D09 卓球

ウルトラマンの出来損ないかと思うほど随分と気持ちの悪いうさぎだ。妙にどこかで見たような可愛い兎より、こっちの方が良いと思う私はゲテモノ好きなのだろうか…。さらにラケットがなければ卓球とは思えない単調な図柄だ。楽したかったからだろうって…?ピンポ〜ン!
今はしらないが、昔は卓球の事をそう呼んでいた。

卓球といえば、福原愛がニュースとしてメジャーにした。だけど、野球やサッカーやバレーのように大会がテレビで放映されるかといえば、あまりない。中学や高校ならば必ずある部活動だが、大会としての認知度は低い。さらに卓球で食えるかというと、あまり聞いた事はない。これはスポーツ人口が多い少ないよりも、テレビ映えしない事の方が影響しているのかもしれない。バドミントンだってマイナーと言えばマイナーだが、オグシオで有名になったように、結局テレビの影響から脱出できない。

だけど、私は卓球は嫌いじゃない。見るのがじゃなくて、卓球をやる事についてだ。昔、会社の独身寮にいた頃は毎日のように卓球をしていた。汗をかいて興じるのに場所もとらないしお手軽で、実に楽しい。だけど、卓球台のある場所は少ない。家でも出来るとはいえども、台を置いて遊ぶほど広い家は日本には少ない。

かくして卓球はマイナーなスポーツとなっている。だけど、やっぱり卓球で稼げない事が理由の一番だろう。

(ふゆき)

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2010年12月 7日 (火)

君は豊島将之を知っているか-c10

C10 豊島将之

将棋の駒で文字を表現した単純な図柄だ。大小をつけるとどことなく勢いを感じる。さて、豊島将之、この名前を知っているだろうか?将棋ファンはともかく一般の方には馴染みのない名前だろう。先日、王将戦のタイトル挑戦権を獲得した20才の若者だ。羽生を含む、並みいるA級棋士を連破した上で史上最年少のチャレンジャーとなった。詳しくはウィキペディア、豊島将之 にて。

私の高校生になった次男も小学生5年頃までは将棋をやっていて、アマの三段で研修会にいた。奨励会というプロの予備軍には行かなかったが、当時のライバル達の多くは奨励会に所属している。なので将棋は興味を持ってみている。よく関西将棋会館に連れて行った。将棋だけは年令のハンデがない無差別級の戦いだ。60才、70才の方も9才や10才の子供も関係なく戦う。勝った方が強いという過酷なゲームだ。しかし、子供はその圧倒的な恐るべき上達速度に驚く。一気に階段を駆け上がっていく。思えばゴルフの石川遼やテニスの錦織も同じく少年時代からその道に邁進している。

彼らは19や20の若者だ。年令に惑わされるが、実はその道、十数年の圧倒的なキャリアを持つプロでもある。しかも若いから吸収力が違う。伸びしろをまだ持っている、可能性のあるプロだと言い換える事が出来る。

その時期を無為に過ごしてしまった我々が今できる事は何なのだろう…。挑戦者として出来る事は何なのだろう。今それを強く思うのだ。

(ふゆき)

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2010年12月 6日 (月)

熨斗袋-c09

C09 熨斗袋

おめでたい時に出てくる熨斗。金色のうさぎのとのハーモニーだが、これは何度か使ったパターンだ。水引をうさぎの耳に見立てる方法もなくはないが、分かりにくいと思うのでやめた。オーソドックスにしたが、お暇な方は実験してみるといいだろう。ポップな文字は全て、私の筆跡による手書きになる。…と言っても別に鉛筆や筆で書いたのではなく、Illustratorを使って手書き風にみせただけだ。暇な時に色々書きためてやろうか…と思うのだが、なかなか出来ない。気がついたら年賀状の季節になってしまう。この展開が何度も続いている。

時間の管理は非常に難しい。年賀状だけに特化して時間を使えれば、それなりに良いモノが出来る筈だが、残念ながら、それがなかなか出来ない。あまった時間を使ってやるには、難しい作業かもしれない。デザイン的な脳になっている時はどんどん浮かぶが、論理的な思考になっていると、これが全く浮かばない。最近ではデザインの現場から全く離れてしまったので、進化が停止してしまったようだ。

年令が問題とは思わない。ただ、習作を重ねて地力を付け、どんどん新しいモノを生み出すエネルギーやモチベーションは若さにはかなわない。自分が若い時は確かに未熟だったが、頭の中は良いデザインを作ろうとの意識で溢れていた気がする。ある程度、地力がつくと飽きてしまったり、努力を怠ってしまうのは人間の常。自分もご多分に漏れない。

頭の中がずっとひとつの事で占め続ける事が出来る。きっとそれもひとつの才能なのだろう。

(ふゆき)

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折り紙付き-b10

B10 折り紙付き

折り紙でうさぎを作るとこうなるんじゃないか…という完成形。しかし、あくまで絵として描いただけで、実際の折り紙を作って検証も実験もしていない。折り紙付きとは、本来目録のようなもので、品質保証の意味が込められている。年賀状のプリント品質は折り紙付きなので、是非お試しあれ。

一般用の年賀状に関しては、オーソドックスなレイアウトを踏襲しているが、業務用と比較してテイストに若干冒険が多い。業務用は印刷して使用する目的が多い為、あまり冒険をすると使えなくなる。使いたい人と、年賀状の品質がミスマッチを起こすからだ。5枚や10枚を印刷依頼する事は考えにくい。年賀状を出す相手が親戚であったり、上司、仕事先であったりするからだ。どちらかと言えばくだけた相手ではない場合が多い。人はどうしても安定感を求める。

プリンタで刷って出す相手は、身近な人の割合が多い。この場合、多少の冒険は許される。自己主張はしたい人は、どこかに普通とは違うものを求める。安定感と冒険のギリギリの範囲で作成する事になる。ちょっと変わってるなあ…位で止めておかないといけない。最近は年賀状のCDや素材が多いので、変わった年賀状には事欠かない。

だけど、数だけは多いのに使えるものが少ないと思っている人は少なくないに違いない。それは品質云々よりも、ターゲットが絞り込まれていないからだろう。ターゲットには2種類ある。年賀状を受け取る人と、出す人の2種類だ。これを10年前からやってきたと自負しているが、人の好みもあまりに多様になったので、今のビジネス用、家族用、友人知人用等のパターンは若干古くなったかもしれない。そろそろ、もう少し絞り込んだ法が良いかもしれない。

(ふゆき)

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2010年12月 4日 (土)

黄金のひび-b09

B09 黄金色のうさぎ

円形だけで作ったうさぎだ。これなら絵心が無くても誰でも作れるパターンだ。我ながら完成度が低すぎる。誤魔化したように正月らしい色合いと、贅沢な金色もどきの色を配してある。錯覚で金色に見える色だが、実際には3色が使われている。実際に金色を使おうものなら、手間とお金が掛かる。そこで金色に見えたら何となく豪華に見えるじゃないか…って事だ。これを金色と言うのは、ひびの入った陶磁器をこれは模様だと言い張るようなもので、サギに近い。

印刷の色はCMYKと言われる。C=シアン(青)、M=マゼンダ(赤)、Y=イエロー(黄)、K=クロ(黒)のインクだ。CMYが英語で、最後のKだけが何故日本語なのか分からない。本来ならブラックと思うのだが、Bではブルーと紛らわしいせいだろうか?理由は分からないが、ともかくCMYKと称する。

最近のプリンタだと6色インクとかが使われているが、印刷の基本は4色だ。(色を重ねて表現するので専門用語では加色法という)この4色を混ぜ合わせて色を指定することになる。ここで我々はどの色とどの色をマゼンダろうとシアンしてクロうする訳だ。これが配色の醍醐味とイエロー。

(ふゆき)

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2010年12月 3日 (金)

年賀状甲子園ベスト8決定

第2回年賀状甲子園のベスト8が出揃いました。

59チーム(校)各3作品から、8チーム24作品に絞られました。

8ブロックに分け、別の1ブロックの担当を決め、採点してもらいました。
美術系のコンテストで、審査員に審査をされることはあっても、参加作品を
参加者同士で採点するなんてないんじゃないでしょうか。
これも年賀状甲子園の特徴flairです。
作るだけじゃなく、同じ高校生の作品を審査の目線で見る事で、いろいろな事に
気づいてもらえたら本望ですhappy01

この後、12月10日にベスト4の発表、15日に決勝進出校決定、20日に優勝校
発表となります。トーナメント表を公表しておりますので、20日までチェック
してください。
20日以降、全ての参加作品を公開予定ですので、お楽しみに。

はやかわ@スタッフ

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色の白さは背景に依存する-a10

A10屏風と切り絵

切り絵風の左右対称型デザインだ。しかし色合いは非対称となっている。この微妙な色の差で立体感が出る。例えば同じ色でも白い背景と暗い背景では錯覚で濃度が違って見えるのはよく知られた事実である。赤い屏風はかなり濃い色の赤だが、背景が黒なので、それなりに明るく見える。色に限らず全ては相対的なものだという話しだ。

最初は背景が白だった。しかしどうにも立体感が出ないために色々試した挙げ句に黒にする事にした。さらに追加で映り込みを入れ、写真のように見せる事にした。右のウサギと左のウサギはかなり色が違うのだが、背景の色のせいでそれほど濁ってみえない。これが白い背景だと色の濃度を変える必要がある。

これを現実の世界に応用するとどうなるだろうか。例えば自分より美人とは一緒に歩かない女性は、これを分かっているとも言える。人よりもよく思われようと思うならば、悪い奴で周囲を固めてみよう。どれほど貴方が善人に見えるだろうか。言わば灰色を黒で囲えば、白く見えてくる効果である。

但し、すぐに黒に染まって悪人になる事は避けられないだろう。

では周囲を白で固めれば、良いじゃないかと思うに違いない。その代わりあいつは悪い奴だと思われる事は避けられないだろう。そしてそのうちに評判に耐えきれず、腐ってますます黒くなっていくに違いない。実は私がそうだ。(何でやねん)

(ふゆき)

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「いち」をきいて自由を知る-a09

A09全てを描く必要はない

簡略化、デフォルメ、誇張、何でも良いけれど、全てを写実的に表現する事が良いとは限らない。例えば、文字通り写実的な写真にしても、一瞬の断片を切り取った誇張に過ぎない。優れたデフォルメは特徴や本質を誇張し、全体を想像させてくれる。勿論間違った全体像を想像させる事だってあり得るのだが、木を見て森を見ずはなく、木を見せて森を知らしめるが、デフォルメの真骨頂だ。

…とはいっても、自分がその技を駆使しているとは言えない。当然、モチベーション不足、力不足、時間不足もあって、本当に良いデフォルメが出来ているとは言い難い。しかし、簡略化は全体を見通す力がいるので、はまった時は楽しいものだ。どちらが優れているという話しではなく、写実は観察眼や根気を要求され、デフォルメは本質を見抜く力が要求されるって事だろう。

写実に自由度は低い。嘘をついてはいけないからだ。しかし、デフォルメはその点において自由だ。一で十を知らせる。その為にはどんな手法も許される。目的が絵を描く事ではなく、物事の本質を知らせる事にあるからだ。分かりやすい事が生命線と言える。例えばテレビは写実的だが、ラジオは声だけを誇張した媒体である。この想像に訴える力は大きい。そこから浮かぶ人間像はまさに自由だ。頭の中のキャンバスに人の数だけ、像が描かれる。

そして、その空想から、実際の現実の人物を見たときの落胆はきっと計り知れないだろう。(あかんやろ)

(ふゆき)

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2010年12月 2日 (木)

赤い色は心を燃やす

E08古色蒼然

全くもって言い訳すら出来ない、古すぎてカビが生えたような年賀状だ。過去の使い回しだし、数合わせといっても良い。考えても何も浮かんでこない時は、緊急避難として仕方ないと思うのだ。でしょ?でしょ?それにしても、こんなインターネットの時代になっても年賀状と言えば、門松で、日の出があって鶴が飛ぶ。こんな光景、今では日本のどこに行っても見る事は出来そうにない。

それでも正月の代名詞のように、この図柄は出てくる。それだけ日本的な風景だったのだろう。先般も書いたスエンソンの「江戸幕末滞在記」の中に、当時の横浜の風景描写が出てくる。その中で門松やしめ飾りがどこの家にも飾ってあって、ゆでた海老の赤い色が至るところで際だっていると書いている。色彩には民族色があって、日本人は赤に反応をするとどこかの本で読んだ事がある。正月は赤が確かに際だっている。

私のサイト、デザイン年賀状でも、紅色から赤色までを微妙に変化させているが、いわゆる赤を大量に使用している。それは気持ちが高ぶり、全体が正月色に染まるからだ。キレイだとか、カッコイイとかの前に、安定感、安心感を得る為には赤はどうしても欠かせない色だ。

(ふゆき)

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2010年12月 1日 (水)

故きを温ね新しきを知る-e07

E07温故知新

レイアウトと色彩は古いが、中のうさぎは今風(…ともいえないが)の新古折衷案年賀状である。それほど奇を衒ったものでもなく、普通やろ…と言われそうだ。そう、普通だ。ありふれている。そうそう斬新なものは出てこない。だって考えている脳みそが古いから仕方ない。最近痛切に思うようになったのだ。本来は天の邪鬼で人と同じ事をしたくないタイプの人間だった。人が右向いたら左を向いていた。しかし、悲しいかなそれを許す日本の文化じゃあなかった訳で、あんなに尖っていた筈の自分が丸くなっていくのが分かる。

世の中のせいにしている訳じゃない。その年令になって分かる事も山ほどある。過去から学べる事は多い。長い年月を経てきたものは、残るだけの必然性があったのだろう。それはロゴやマークが要らないものをそぎ落として対象物を簡略化していく経過に似ている。時の経過に耐えたものは、まるでザルですくって残った砂金のように輝いている。(そんな砂金を見た事はないが)そんな過去から学べる事は多い筈だ。

色、カタチ、風合い、機能、全てがそぎ落とされた日本文化の香りだろう。そこから新しいものを生み出していく作業こそが、本当の創造なのだ。でも力不足なので、新しく見えるものと混ぜてしまった。えらいすんません。

(ふゆき)

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